観音寺のご本尊:聖観世音菩薩にお参りしましょう
室町時代 (1392年~1573年)の作と伝えられています。
あらゆる観音の中の根本的観音と言われているのが聖観世音菩薩です。
心の中から念ずれば、様々な願いをかなえてくれる。観世音菩薩、観自在菩薩ともいわれ、代表的な仏典の観音経にもその真髄について語られており、よく知られた般若心経においても観自在菩薩として真理を説いています。
物事の総てを観通して、自由自在に衆生を救うという意味を持ちます。
古来より霊験あらたか仏像として厚い信仰の対象となっています。
ご本堂にお参りしてお坊さんのお話を聞きましょう、年末年始や大施餓鬼などのイベントもありますよ。
多摩四国八十八ヶ所霊場巡礼をしましょう:観音寺は第二十七番目の礼場です
心のふるさとを求めるゆとりを。
多摩四国八十八箇所は、昭和9年の弘法大師ご入定千百年忌を記念して、多摩地区の真言宗八十八寺で設定した本四国の写しです。
第二十七番目 観音寺 ご本尊 聖観世音菩薩
ご詠歌
三佛の、ちかいのこころ、神の峰、やいばの地獄、たとえありとも。
個人団体を問わず、年間を通して巡礼に見える方々がいらっしゃいます、大人数での巡礼で御朱印をご希望の場合には事前にお問い合わせください、葬儀や法要等で対応が難しい場合がございますことをご承知くださいませ。
本四国の二十七番目は 竹林山神峰寺 で、ご本尊は十一面観音像です。
奈良の長谷寺に行こう:真言宗豊山派総本山
縁 起
「こもりくの泊瀬山」と万葉集にうたわれていますように、この地を昔は豊初瀬(とよはつせ)、泊瀬(はつせ)など美しい名でよばれていたので、初瀬寺、泊瀬寺、豊山寺とも言われていました。
朱鳥( あかみどり )元年(686)道明(どうみょう)上人は、天武天皇のおんために銅板法華説相図( 千仏多宝仏塔 )を西の岡に安置、のち神亀四年( 727 )徳道(とくどう)上人は、聖武天皇の勅を奉じて、衆生のために東の岡に十一面観世音菩薩(重要文化財 室町時代 像高三丈三尺六寸(1018.0cm)。我が国で最も大きな木造の仏)をおまつりになられました。
上人は観音信仰にあつく、西国三十三所観音霊場巡拝の開祖となられた大徳であり、長谷寺を三十三所の根本霊場と呼ぶいわれであります。
長谷寺のホームページはこちら です。
奈良長谷寺:大本山団体参拝(団参)の旅に参加しよう
観音寺では、恒例の大本山長谷寺への団体参拝を檀信徒の方々と行っております。
参加者は観音寺に集まり、当山の住職や副住職とともに数台のバスに分乗して奈良の真言宗豊山派大本山長谷寺へ向かいます。
団参の折り、更に奈良市内並びに京都の神社仏閣、歴史的建造物や施設などの見学も行い、仏教文化への造詣を高め楽しむ旅となっています。
団参ではの特徴として、個人での参拝では通常は見ることや立ち入ることができない場所への参拝や、僧侶からの詳しい説明並びに法話などこの旅でしかえられない貴重な時間を共有でたことが参加者からの大きな喜びの声として語られています。
LUMBINIの釈迦誕生の地へ行こう:お釈迦様ゴウタム・シッダルタ(Siddhartha Gautam)の誕生の聖地です
ルンビニはネパールの南部に広がる タライ平野に位置する小さな町です。今でも、古い町の遺跡が残されています。(ユネスコの世界遺産に1997年に登録されています)
母親であるマーヤー夫人(Maya Devi)女王は釈迦が生まれる前に夢を見た。それは、天国から九つの牙を持つ白い象が下ってきて自分の体に入る夢だった。子どもの出産が近づいて、彼女 はその頃のしきたりに則って実家への帰途についたのです。
しかし、実家につく前、ルンビニの地でゴウタム・シッダルタ(Siddhartha Gautam)を産みました。
王妃マーヤー夫人がルンビニーの花園で咲き競う無憂樹の花に手を伸ばしたところ、釈迦が誕生したと伝えられています。マーヤー夫人がいちじくの木陰に横たわっていた時に体の右側から生まれてきたという伝承があります。
そして、生まれてすぐに、四方に七歩歩いて、その足が触れた所には、蓮華の花が咲いたということから甘茶や蓮華の園の文化伝承へと繋がりました。。